旧ソ連・バルト三国のエストニアで、60年前に建てられたソ連軍兵士の銅像をエストニア当局が首都タリンから撤去し、郊外に移転して両国関係が大もめにもめている。エストニア側はこの銅像を「ソ連による祖国占領・侵略の象徴」と主張し、ロシア側は「エストニアをナチス・ドイツから救った解放者の像」との立場だ。だが、歴史をまともに見つめれば、論議の余地なくロシア側の言い分が100%まやかしなのに気づく。
第二次大戦中、ソ連軍は確かにヒトラー軍をエストニアで撃滅した。しかし、すでにソ連は独ソ戦争勃発前の1940年、スターリンがヒトラーとの密約に基づいてエストニアをラトビア、リトアニアとともに強制併合していた。ソ連はエストニア国内の抵抗勢力は容赦なく貨物列車でシベリアなどに強制移住させるか虐殺して新版図に居座ったのだ。
つまり、ソ連という元々の占領者がナチスという新たな占領者を撃滅したのであって、撃滅後、ソ連がまた占領者として舞い戻ってきたに過ぎない。エストニア国民にとってナチス、ソ連のいずれが自分たちの支配者になっても、被抑圧者としての立場は全く変わらないのだ。今の「民主ロシア」が「ソ連がエストニアをナチス・ドイツから解放した」と言い張る時、「いったん解放はしたが、またソ連共産主義の圧政を長年にわたって押しつけて申し訳なかった」と謝罪すべきが筋というものである。
ナチス撃滅後、ソ連軍自らがエストニアから速やかに撤退し、エストニアの戦後の命運をエストニア自身に決めさせていたら、その時初めてソ連軍は「解放者」になりえたのである。ロシアの真実をねじまげるレトリックにはくれぐれも要注意である。今度のエストニア問題は、「歴史認識」問題で日本を丸め込んでいる「北方領土問題」と根っこは同じであることを認識する必要がある。


by gymnasticsteam5
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